義烏の誇り!?鶏毛換糖とは                

               

By大和友己

2021年 11月 10日 ,                                

こんにちは、

イーウーパスポートの大和です。

コロナもようやく落ち着きを取り戻して来て、そろそろ安心して帰国したいです。国によっては隔離不要で、訪問出来る国も出てきており、弊社でもツアー再開が早期に出来るよう、願っております。

以前、ツアーに参加された方の多くが行ったことがある、義烏料理の中華料理店といえば、「鶏毛換糖」です。

今回、義烏を代表する言葉となった、この「鶏毛換糖」の由来をご紹介します。

義烏は古くより農業が盛んな地域ですが、「七山二水一分田」と呼ばれる盆地地帯で、耕作地は少なく、土壌は良くありません。半分近くはリンとカルシウムが不足している酸性の赤い土壌となります。

古来義烏の人々は、土壌を改善するために、泥、灰、鶏の羽、人間の尿などを使って肥料を作りました。この肥料は、水の吸収が速く、保水性が良く、土壌改良効果が高いため、義烏で広く採用されています。そのため、鶏の羽に代表される家畜などの羽は重要な肥料の素材となります。

 酸性の赤い土壌は収穫量が少ないという欠点がありますが、逆に、サトウキビ=紅糖(黒糖)が最適な植物であるため、義烏では砂糖産業が発展し、その生産量は常に浙江省で首位を維持していました。義烏の人々はさまざまな種類の砂糖を作っていますが、物々交換においてもこの紅糖を利用します。

 紅糖もまた、商品価値としては低く、義烏の人々は肥料に必要な鶏の羽を紅糖で物々交換するようになりました。義烏のみならず、浙江省全土や近隣の江西省や福建省までわざわざ鶏の羽を集め回ったと言われています。このように非常に苦労して、ようやく農業を行うことの出来る地域でした。

 これが中国で俗にいう「鶏毛換糖」の始まりで、清の乾隆帝時代(1735~1796年)から始まったと言われています。

 その後、義烏の人々は、交換した鶏の羽などがすべて「肥料」のためだけに使われているのが、勿体無いことに気づきました。状態の良い鶏の羽などを、様々な小さな商品に加工しました。状態の悪いものは、従来通り肥料の素材としました。

 物々交換の際にも、鶏の羽を製作した小さい商品を使用しました。そうすると、商品を作る際必要な、針や糸などのさまざまな小物も、販売するようになっていきました。1980年以降「義烏小商品」は非常に多くの商品を作るようになり、2002年に、義烏国際商貿城(福田市場)を開業するまでに成長します。

 現在では世界中から注文を受け、商売で成功する人が、非常に多い都市となりました。中国の高級車数ランキングNO.1の都市としても有名になり、中国では裕福な都市として知れ渡っています。(各国のバイヤーがいるため、世界中でも有名だと思っており、日本であまり知られていない、ということは内密に…)

 今では、「鶏毛換糖」という言葉は義烏の、ひいては中国のサクセスストーリーを表す言葉となったということです。

 内容は違いますが、日本の「わらしべ長者」の現実版だと考えれば、理解し易いと思います。

以上、日本人に認知度が無い部分など、若干内容を端折った部分はございますが、ツアーに来た際、「鶏毛換糖」に思いをはせながら食事をすれば、より楽しめるかと思います。

コロナの規制が無くなり、皆さまとまた、一緒にお食事が出来ることを楽しみにしております。

PS 義烏に住む日本人にとって大事件が発生しました。なんと、まさかの義烏にローソンができました。執筆時21/11/10で8店舗、来年の春節までに更に7店舗。2022年中に35店舗、最終的には100店舗以上を計画しているようです。もちろん、福田市場近辺も予定はあるそうですので、次回義烏に来られた際には立ち寄れるかもしれません。悪魔のおにぎり、中国限定味、是非食べてみてください。

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